マクドナルドのハンバーガーをテイクアウトして、折角の中秋の名月だったので、平城宮跡で月の観察をしながら食べることにした。
夕方6時ごろには平城宮跡に着いていたと思う。どうせだからと思って、太極殿跡に行ってみると、3.40人くらいのグループが、既にブルーシートをひいて月見の宴?をしていた。その他にも、いくつかのグループがいた。私たちも持ってきたレジャーシートを広げて、マックのハンバーガーを食べた。食べ終わると、子どもと主人はコオロギを捕まえに行った。着いたころはまだ明るかったけれど、だんだん日が暮れて、西の空に明るい星も見えてきた。
月見の宴のグループが、おおーって声をあげたので見ると、赤い月が半分くらい、山から顔を出しているところだった。驚いたことに、太極殿跡からみると、ちょうど東大寺の大仏殿や二月堂の上あたりの山から、月が顔を出した。今年は雲がないようで、月が山際から出てくるのを観察することが出来た。
月見の宴の団体の中で、
「天の原ふりさけみれば・・」の安倍仲麿の歌について、一人の人が説明を始めた。安倍仲麿も約1300年前に、ここから同じように月をみていたはずであること、留学生の仲麿は鑑真とともに日本に戻るつもりであったが、嵐でベトナムのほうに流され、生涯日本に戻ることはなかったこと、また歌の中の三笠の山というのは神聖な春日山のことで仲麿にしてみれば、日本の月というと春日山の上に上るものでなければならなかったことなど、(たぶんこういう内容だったと思うのだが)
また主人が、中国では月というと、「会いたくても会えない人と同じ月を見ているという連想によって、孤独感を慰め、思う人との再会を願う」(9/18 日本経済新聞)ようなものと考えられていたと新聞に書かれていたことを教えてくれた。確かに、遠く離れたところにいる人も同じ月を見ていると思うと、その人とも繋がっているような気持ちにもなる・・。
暗がりなので、レジャーシートに寝そべったり、持ってきたクッキーをばりばり食べたり、寝転びながら夏の大三角の星をみたり、気ままに過ごした。月見の宴のグループは、講釈の後は、歌を歌ったり・・延々と宴会を続けていた。その歌を聞いているのも楽しかった。
望遠鏡を持ってきている人たちもいて、たまたま覗いてみませんかと勧めてくれた。
子どもも喜んでみせてもらった。60倍の望遠鏡らしく、私も覗かせてもらった。月の様子がよくわかった。月のクレーターの大きいものははっきり見えた。地球博の三菱未来館の映像でみた月みたいに大きく見えたのが驚きだった。主人は月の輪郭がでこぼこしているのも確認できたらしい。月のクレーターは小惑星がぶつかった跡らしいことも教えてもらった。今年の月は特によく見えたということだった。望遠鏡で観察されていた人たちは、別れる時、来年もまたお会いしましょうと言ってくれた。
暫く月明かりの中で過ごしたからか、9時ごろ家に戻った時、とても眠かった。いつもは11時すぎまで夜更かしているのだが・・。
上の写真はわかりにくいですが、東大寺大仏殿の上あたりに出た月の写真です。

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