知り合いに、薬師寺大講堂の阿僧伽(アサンガ)菩薩、伐蘇畔度(ヴァスバンドゥ)菩薩の開眼法要のはがきを頂いた。薬師寺の大講堂も見たかったので、出かけた。
大講堂は平成15年に再建され、その時に釈迦十大弟子の仏像が、日本人の中村晋也さんという人によって、つくられ、安置されていた。
阿僧伽(アサンガ)菩薩、伐蘇畔度(ヴァスバンドゥ)菩薩も、同じ中村さんによって作られたようだった。阿僧伽(アサンガ)菩薩は肩に仏塔をのせ、伐蘇畔度(ヴァスバンドゥ)菩薩は、お経を両手で持っている姿だった。最初は知らなかったが、後で、阿僧伽(アサンガ)、伐蘇畔度(ヴァスバンドゥ)菩薩という人物は、興福寺の北円堂の無著、世親と同じ人物だとわかった。興福寺と薬師寺は同じ法相宗なので、同じように十大弟子と、二人の僧の仏像を作るようになったのかな、などと自分勝手に想像した。
興福寺の無著、世親像は、名前を漢字で呼ぶにも違和感のない日本人ふうの様子だったが、薬師寺のは名前をカタカナで呼ぶのがふさわしいような、異国風の様子だった。
興福寺の像もお経を持っているようだったが、円柱のつつ状の入れ物を持っていて、薬師寺のは長細い箱に入っているものだった。
薬師寺の仏像を作成した中村さんは何回も現地に足を運ばれたそうで、現地の様子などの観察されたようだったが、鎌倉時代の興福寺のものは、想像で作られた部分も多かったのかなあ、とも思った。
開眼法要に参加しようと、講堂前を歩いていると、前を代議士の塩川正十郎さんが、お寺の人に案内されながら、歩いているのをみかけた。法要に参加されるようだった。
大講堂に入ると、五色のひもが、像の幕から伸びていた。除幕の後、お坊さん2人が大きな筆を持ち、右目・左目と眼を書くそぶりをした。参列者も事前に筆を頂いていて、お坊さんと一緒に筆を入れるそぶりをした。
唄、散華、表白、読経などのお経(私は正確なところがわからないがたぶん、お経)が続き、来賓の中村氏、塩川氏、翌日の伎楽奉納に参加される俳優の滝田栄氏ほか関係者の焼香が続き、最後のほうに参列していた私も焼香に参加させて頂いた。
新しい銅像は、弥勒菩薩と脇侍の間を飾っていた。
金堂では、お坊さんが拝観者の笑いをさそいながら、お寺の説明をしてくれた。
薬師寺は、お写経が盛んなようだった。楽しいときや幸せなときでなく、困っていたり苦しいときこそお写経を、というお坊さんのお話が印象深かった。
記念講演の話は専門的なことはよくわからなかったが、インド、パキスタンのほうでは、長いお経も丸暗記したり、またその丸暗記したお経の文字をひとつとばし、さかさまにとなえたり、その中のある言葉が何回出てきたかを数えたりして子供が遊ぶらしいことを聞いて、感心した。ヨガなどの瞑想の話もでてきて、奥が深そうだなあと思った。
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