平城宮跡の東北あたり、法華寺、一条高校近く。
今まで法華寺の一部だと思って通り過ごしていたが、「ここが海龍王寺?」と気づき、立ち寄る。
気になっていたはずで、このお寺は僧玄昉にゆかりが深いようだった。玄昉は第八次遣唐使として唐にわたり、海龍王経という経典を持ち帰ったらしい。”海龍王経”は奈良国立博物館の大遣唐使展にも展示されていた。お寺のパンフレットには”旅行・留学安全祈願 海龍王寺”と書かれていた。
よかったところをメモ
山門・両築地塀…室町時代(市文)のもの。
五重小搭… 国宝 奈良時代 約4m 色も少し残っていたように思う。上に行くほど、屋根の面積が小さくなっている形。昔も建物をつくるときに模型を作ったらしい。どこの五重搭の模型だったのだろう?と思った。
西金堂… 奈良時代 五重小搭が置かれている建物。何回も修理はされているらしい。
寺門勅額…聖武天皇からたまわったもの。
十一面観音…鎌倉時代 最近まで秘仏だったそうで色が綺麗に残っている。大きさは法華寺の十一面観音とも同じくらいかなと思った。
毘沙門天…平城宮の東北を守るということで毘沙門天が祀られていたらしい。他の四天王はなかった。
今まで法華寺の一部だと思って通り過ごしていたが、「ここが海龍王寺?」と気づき、立ち寄る。
気になっていたはずで、このお寺は僧玄昉にゆかりが深いようだった。玄昉は第八次遣唐使として唐にわたり、海龍王経という経典を持ち帰ったらしい。”海龍王経”は奈良国立博物館の大遣唐使展にも展示されていた。お寺のパンフレットには”旅行・留学安全祈願 海龍王寺”と書かれていた。
よかったところをメモ
山門・両築地塀…室町時代(市文)のもの。
五重小搭… 国宝 奈良時代 約4m 色も少し残っていたように思う。上に行くほど、屋根の面積が小さくなっている形。昔も建物をつくるときに模型を作ったらしい。どこの五重搭の模型だったのだろう?と思った。
西金堂… 奈良時代 五重小搭が置かれている建物。何回も修理はされているらしい。
寺門勅額…聖武天皇からたまわったもの。
十一面観音…鎌倉時代 最近まで秘仏だったそうで色が綺麗に残っている。大きさは法華寺の十一面観音とも同じくらいかなと思った。
毘沙門天…平城宮の東北を守るということで毘沙門天が祀られていたらしい。他の四天王はなかった。
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